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広島地方裁判所福山支部 昭和63年(ワ)280号 判決

原告

中元俊二

清水邦直

猪原育宏

山本義幸

佐藤喜代志

柿原清登

林正章

長谷川隆

三好教弘

同国鉄労働組合岡山地方本部第三支部右代表者執行委員長

松本義晴

右原告一〇名訴訟代理人弁護士

服部融憲

木山潔

井上正信

右服部訴訟復代理人弁護士

吉本隆久

被告

西日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

井手正敬

右訴訟代理人支配人

木部義人

右訴訟代理人弁護士

松岡一章

河村英紀

近藤弦之介

右松岡、近藤両名訴訟復代理人弁護士

板野次郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告に対し、原告中元俊二(以下「原告中元」という。)は被告府中鉄道部主任運転士(二級)としての地位、原告山本義幸(以下「原告山本」という。)は同鉄道部運転士(一級)としての地位、原告柿原清登(以下「原告柿原」という。)、同林正章(以下「原告林」という。)、同長谷川隆(以下「原告長谷川」という。)及び同三好教弘(以下「原告三好」という。)はいずれも同鉄道部運転士(二級)としての地位があることをそれぞれ確認する。

2  被告は、原告中元に対し金二〇五万二四二九円、同清水邦直(以下「原告清水」という。)に対し金一二一万三六四八円、同猪原育宏(以下「原告猪原」という。)に対し金一七七万六四八〇円、同山本に対し金一二〇万七七四四円、同佐藤喜代志(以下「原告佐藤」という。)に対し金三〇五万六六九三円、同柿原に対し金三七一万八六二五円、同林に対し金三六六万四五六〇円、同長谷川に対し金一八五万七七七六円、同三好に対し金三九五万四八七五円及び右各金員に対する昭和六三年一一月九日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告国鉄労働組合岡山地方本部第三支部(以下「原告組合」という。)に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2、3項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

請求の趣旨第3項を却下する。

(本案に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)及び旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(以下「新会社法」という。)に基づき、昭和六二年四月一日に設立された株式会社であり、主として北陸、近畿及び中国地方において日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が経営していた旅客鉄道事業を継承し、前記肩書地に本社を、岡山市等に支社をそれぞれ置くもので、岡山支社は、糸崎運転区、岡山電車区及び府中鉄道部等の管内の現業機関を統括しており、同運転区は、列車の運行及び車両の検査、修繕を主な業務内容としている。

(二) 原告ら

(1) 原告組合は、被告の経営する山陽本線(大門・糸崎駅間の区間)及び福塩線関係の仕事に従事する被告従業員で構成される労働組合であり、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の下部組織である岡山地方本部の一支部である。

(2) 原告組合を除く原告ら(以下一括して「原告九名」という。)は、いずれももと国鉄職員であり、昭和六二年四月一日被告が設立されるに伴い、原告中元及び同猪原は糸崎運転区主任運転士として、その余の者はいずれも同運転区運転士として被告に採用され、以後同運転区、岡山運転所、岡山気動車区又は府中鉄道部等で勤務している者である(但し、原告猪原及び同佐藤は既に被告を退職している。)。

なお、原告九名はいずれも国労組合員である。

2  原告九名に対する配転命令等の各発令

(一) 国鉄は、昭和六二年三月一〇日付けで、当時岡山鉄道管理局府中電車区において電車運転士又は電車運転士兼気動車運転士として勤務していた原告九名に対し、電車運転士又は電車運転士兼気動車運転士として糸崎運転区に転勤する旨を命じ(以下一括して「本件転勤命令」という。)、被告設立委員会は、同月一六日付けで、原告九名に対し、同年四月一日以降も本件転勤命令と同一職場、同一職種での勤務を命じる旨を通知し(以下一括して「本件配属通知」という。)、被告は、同年四月一日付け社報において、配属については本件配属通知のとおりとする旨の通達(以下「本件通達」という。)を発し、これを追認した。

(二) 原告九名に対する糸崎運転区での勤務指定

原告九名が、昭和六二年四月一日以降他の現業機関に配転されるまでに被告糸崎運転区長から受けた勤務指定に関する職務命令(以下、原告九名が受けた職務命令を一括して「本件勤務指定」という。)は次のとおりである。

(1) 原告中元

昭和六二年四月一六日から昭和六三年一月五日まで清掃作業等を、その後は風呂掃除、便所掃除及びリネン替え等の雑務作業を指定され、平成元年九月二八日付けで岡山運転区兼務を発令された。

(2) 原告清水

昭和六二年四月一日から清掃等の雑務作業を、同年五月一三日からは文鎮製作作業を指定され、同年七月二〇日から同年九月末日までは府中駅臨時売店に勤務し、糸崎運転区に戻った同年一〇月一日から再び雑務作業を指定され、昭和六三年八月一九日付けで府中電車区に配転された。

(3) 原告山本

昭和六二年四月一日から清掃等の雑務作業を指定され、同年七月二〇日から同年九月末日までは福山駅臨時売店に勤務し、糸崎運転区に戻った同年一〇月一日から再び清掃作業を指定され、昭和六三年一月五日付けで岡山運転所に配転された。

(4) 原告佐藤

昭和六二年四月一日から清掃等の雑務作業を、同年五月一三日からは文鎮製作作業を指定され、同年七月二〇日から同年九月末日までは新倉敷駅臨時売店に勤務した後糸崎運転区に戻り、同年一二月一日から再び雑務作業を指定され、昭和六三年一月五日付けで岡山運転所に配転された。

(5) 原告柿原

昭和六二年四月一日から清掃等の雑務作業を、同年五月一三日からは文鎮製作作業を指定され、同年七月二〇日から同年九月末日までは福山駅臨時売店に勤務し、糸崎運転区に戻った同年一〇月一日から再び清掃作業を指定され、昭和六三年一月五日付けで岡山運転所に配転された。

(6) 原告林

昭和六二年四月一日から清掃等の雑務作業を、同年五月一三日からは文鎮製作作業を指定され、同年七月二〇日から同年九月末日までは福山駅臨時売店に勤務した後糸崎運転区に戻り、同年一二月一日から再び雑務作業を指定され、昭和六三年一月五日付けで岡山気動車区に配転された。

(7) 原告長谷川

昭和六二年四月一日から清掃等の雑務作業を、同年五月一三日からは文鎮製作作業を指定され、同年七月二〇日から同年九月末日までは福山駅臨時売店に勤務した後糸崎運転区に戻り、同年一一月二七日から再び雑務作業を指定され、昭和六三年一月七日付けで岡山気動車区に配転された。

(8) 原告猪原

昭和六二年四月一日からリネン交換及び清掃作業等の雑務作業を、同年一二月一日からは清掃作業等を指定され、昭和六三年一月七日付けで岡山運転所に配転された。

(9) 原告三好

昭和六二年四月一日から雑務作業を指定され、昭和六三年一月七日付けで岡山運転所に配転された。

(三) 被告は、右のとおり、昭和六三年一月五日付けで、原告山本、同佐藤及び同柿原に対してはいずれも岡山運転所勤務並びに原告林には岡山気動車区勤務を、同月七日付けで原告猪原には岡山運転所勤務並びに原告長谷川及び同三好にはいずれも岡山気動車区勤務を命じる旨の配転命令をそれぞれ発令した(以下、右配転命令を一括して「本件配転命令」といい、本件配転命令の発令を受けた右原告らを一括して「原告七名」という。)。

3  本件配属通知等の無効等

(一) 不当労働行為

(1) 不当労働行為の背景

政府は、昭和五八年六月一〇日、国鉄再建監理委員会を発足させ、昭和六〇年七月二六日、同委員会から国鉄の分割・民営化を推進する内容の答申を得て、昭和六二年四月一日をもって国鉄の分割・民営化を図ることとしたが、その真の目的は、国民全体の共同財産である国鉄の独占企業へのただ同然での払い下げ及び国鉄の長期債務の国民へのつけ回し並びに国労を崩壊させることであった。

国鉄は、昭和六一年七月一日から全国的に「人材活用センター」を設置し、同年一〇月一日現在において、同センターは全国に一三八三か所あり、専ら国労組合員一万七七二〇名を収容隔離し、国労組合員に国労脱退を迫るとともに、同組合員への差別攻撃を繰り返していた。

政府は、同年一一月二八日、改革法等国鉄の分割・民営化に関連する法律案を強行可決成立させたが、職員の処遇については、改革法二三条により、国鉄による全職員の解雇及び差別と選別による新規採用という手順が定められ、そのため国鉄の分割・民営化に際して新たに設立された株式会社等への不採用者六九四二名中五〇〇九名を国労組合員が占めるという国労組合員差別人事が公然と行われた。

しかしながら国労は、昭和六二年五月現在でなお約四万三〇〇〇名の組合員を擁する民間大単産として存続し、政府に対する国鉄分割・民営化反対運動を展開し続け、このことが政府をして被告等新たに設立された株式会社等の中での国労差別を行わしめる大きな動機となった。

(2) 本件配属通知の不当労働行為性

ア 本件転勤命令の不当労働行為性

前記のとおり、国鉄は、昭和六二年三月一〇日付けで原告九名に対し府中電車区から糸崎運転区への配転を命じる本件転勤命令を発令したが、これは国鉄が定めた定員内で本来的業務(本件では運転業務)に属していた国労組合員を他職場へ転出させ、余剰員である他組合の職員を転入させて乗務させることを目的として、糸崎運転区にいた他組合員と同数の割合でなされたもので、府中電車区への転入者が一躍電車に乗務したのに対し、原告九名は配転先である糸崎運転区では乗務を外されることとなった。

国鉄は、国労との間で長年労使慣行として相互に尊重してきた配転人事における当該労働者に対する事前の打診及び本人希望地配転という原則を一方的に破棄して本件転勤命令を強行し、原告九名は、重大事故もない優秀な運転士であったにもかかわらず、国労組合員であるというだけの理由で、国労の組織解体のために配転させられ、これにより国労府中電車区分会はひとりも組合員がいなくなり解体した。したがって、本件転勤命令は、労組法七条一号所定の不当労働行為に該当する。

イ 被告の責任

原告九名は、被告設立委員会から昭和六二年二月一二日付けで被告への採用内定の通知を受け、同年三月一〇日付けで国鉄から本件転勤命令を受け、続いて被告設立委員会から同月一六日付けで同年四月一日をもって所属を岡山支社、勤務場所を糸崎運転区、職名を運転士又は主任運転士として配属する旨の本件配属通知を受け、同年四月一日被告設立とともに被告に採用されたもので、被告は、同日付けで本件配属通知を追認する本件通達を発した。

右経緯からすると、本件転勤命令は、被告設立委員会による右採用内定通知の後になされており、同年三月末日で消滅する国鉄には業務上の必要性がないにもかかわらず、被告設立委員会の指示を受けた国鉄が、同年四月一日に発足する被告の営業のために職員の従事する職務につき検討を行い、同年三月一〇日ころ、原告九名等一部職員に配転命令を発したものである。そして、被告設立委員会は、設立前の被告の営業準備行為として本件転勤命令を是認し、同年四月一日以降もこれを維持することとし、本件配属通知を発して被告における配属を行ったもので、本件転勤命令と本件配属通知があいまって被告設立委員会の新会社法附則二条に基づく開業準備行為としての配属先の指定となるものである。また、両者が一体であることは、本件転勤命令を発令した国鉄が本件配属通知の事務をも担当していたこと、本件転勤命令と本件配属通知の内容が同一であること、本件転勤命令と本件配属通知の発令の間隔が一週間もなく、その事務量の膨大さからしても同一時期に決定されたと認められることから明らかである。

そうすると、被告設立委員会は、国鉄による本件転勤命令の不当労働行為性を知りつつ、原告九名が国労組合員であることを理由に、本件転勤命令を追認する内容の本件配属通知を発したのであるから、不当労働行為たる本件転勤命令を国鉄とともに行った若しくはその不当労働行為性を知りながらこれを利用したことから本件転勤命令の不当労働行為性を承継するという関係又は被告の配属決定の準備行為を行わせていた国鉄の不当労働行為責任を開業準備行為中の不当労働行為としてその責任を負うという関係にあるから、結局被告がその責任を負う。

(3) 本件勤務指定の不当労働行為性

原告九名は、糸崎運転区に配転後、同運転区にいた二名の国労組合員とともに、昭和六二年四月八日、国労糸崎運転区分会再建大会を開催した。

被告は、原告九名を運転士又は主任運転士として採用し、労働契約を締結したのであるから、原告九名を本来の業務である運転業務に従事させる労働契約上の債務を負担しているとともに、改革法等国鉄の分割・民営化に関する法律案が参議院で可決された際、同院国鉄改革特別委員会が、職員の基本的な賃金、労働条件について、国鉄時代の実績の尊重と国鉄と関係労働組合との間で十分な協議が行われるよう配慮することを求める旨の附帯決議をしていることからいっても、差別的取扱をすべきではないにもかかわらず、運転士という知識・経験・技能を有する専門職である原告九名に対し、前記のような内容の本件勤務指定を行うなどし、原告九名を含む国労糸崎運転区分会の全員を運転業務や車両検査業務には一切就けなかった。

このような本件勤務指定により、原告九名は、〈1〉運転という乗客の安全を確保しつつ、ダイヤを守るという重い責任と誇りのある仕事を取り上げられ、〈2〉運転士として受けていた諸手当(超過勤務手当、祝日手当、夜勤手当、特殊勤務手当、旅費)がなくなり減収を来たし(なお、原告九名についての各具体的損害額は後記のとおりである。)、〈3〉他人が嫌がり、生きがいを見出せないような内容の仕事に従事させられ、〈4〉運転に必要な知識・情報から遠ざけられ、かつ運転を継続しないことによって運転業務に復帰することが知識的、肉体的にも困難となったという不利益を受けた。

したがって、右のような本件勤務指定は、原告九名が国労組合員であること及び原告九名の国労組合員としての活動を理由に、被告の行った不利益取扱であり、労組法七条一号所定の不当労働行為に該る。

(4) 本件配転命令の不当労働行為性

被告は、原告七名に対し、本件配転命令を昭和六二年一二月二九日又は同月三一日に事前に通知したが、これは、原告九名の所属する原告組合糸崎運転区分会が、同年一〇月一日から同年一二月二二日にかけて、二三回にわたり糸崎運転区長に対して団体交渉を申し入れたこと(同区長はこれに一切応じようとしなかった。)等組合活動を続けることを嫌悪してなされたものである。

したがって、原告七名に対する本件配転命令は、右のとおり原告組合糸崎運転区分会の解体を目的としたもので、これにより、同分会の半数を越える七名が配転され、組合員数一〇名以上と定められている分会の機能が果たせなくなったほか、同分会書記長である原告猪原が配転されて分会長である原告中元と分断され、同分会の団結力が低下し、同運転区に残る国労組合員五名への差別支配を容易にする状況が作出されるとともに、原告七名は、配転先への通勤時間に四時間を要することとなる不利益を受ける結果ともなったのであるから、労組法七条一号所定の不当労働行為に該当する。

(二) 人事権の濫用

(1) 配転命令が許されるための要件としては、〈1〉配転についての業務上の必要性が客観的に十分認められること、〈2〉配転命令の対象となる労働者の人選が合理的であること、〈3〉労働者の生活に対し大きな不利益を与えないこと、〈4〉配転を命ずる過程において使用者側の誠意が示されることが必要である。

(2) 本件配属通知が人事権の濫用であることについて

ア 本件転勤命令の業務上の必要性の欠如

昭和六二年三月一日当時、府中電車区には定員二〇名に対し二二名の運転士がおり、うち二名は岡山運転所への転勤を希望していたから、他の者を府中電車区から転出させる必要性は全くなく、また、同電車区ではほぼ全員が乗務できる状態であったにもかかわらず、同時点で四〇名以上の余剰員がいた糸崎運転区から他組合員一一名を府中電車区に転入させ、教育の上乗務させたのであるから、原告九名を府中電車区から糸崎運転区へ配転する業務上の必要性は全くなかった。

イ 本件転勤命令の人選の合理性の欠如

昭和六二年三月一日当時、府中電車区には国労組合員が一一名いたが、その全員が糸崎運転区へ配転され、同運転区ではひとりも運転士として勤務できなかったが、府中電車区の他組合所属の運転士は配転の対象として検討されず、全く配転されなかった。また国鉄当局は、本件転勤命令の人選の合理性を示すことができなかったほか、「よその飯も食べて貰う。」等と言うのみで、配転の理由も示さなかった。

ウ 本件転勤命令発令手続についても、原告らに対し、何らの説明、打診もなく、突如行われたもので、誠意が全くなかった。

エ 本件配属通知は、被告設立委員会が国鉄に指示して行わせた本件転勤命令の不当労働行為性を是認したものであり、人事権の濫用である(国鉄の担当者と被告の担当者は、同一部課、同一職員である。)。

(3) 本件配転命令が人事権の濫用であることについて

ア 業務上の必要性の欠如

本件配転命令は、原告七名に岡山運転所又は岡山気動車区所属の運転士(原告猪原は主任運転士)を命ずる旨の辞令であり、原告七名は運転士(原告猪原は主任運転士)の業務に就くために配転されたものであるが、昭和六三年一月一日当時、岡山運転所には一九〇名、岡山気動車区には六一名の運転士又は主任運転士が配属されており、そのうち岡山運転所では五〇名、岡山気動車区では一四名がそれぞれ余剰員とされており、右余剰員は他会社へ出向したり、他の業務に回されていた状況であったのであるから、被告が、原告七名を岡山運転所又は岡山気動車区に運転士として配転する業務上の必要性は全く存在しなかった。

また、糸崎運転区長は、本件配転命令の際、「車両の美化」のために行けと述べたが、そもそも運転士の業務内容は動力車の運転業務であり、「車両の美化」なる業務は存在しないのであるから、このような本件配転命令に関する事前通知書の記載内容と異なる同区長の発言は、業務上の必要性の不存在と原告七名を糸崎運転区から排除し、国労糸崎運転区分会を解体する意思の表明でもある。

イ 人選の合理性の欠如

昭和六二年一二月末日における糸崎運転区の職員数は一二九名、うち労働組合員たり得る資格を持つ者は一二八名であり、そのうち運転士は一〇八名、うち国労組合員は一〇名であった。配転の業務上の必要性がある場合には、右一二八名全員を対象として配転の有無が検討されるべきなのに、国労組合員のみが配転の対象とされ、本件配転命令を受けた者は全員国労組合員である。国労組合員は一〇名中七名が配転され、分会長である原告中元と分会書記長である原告猪原が離れ離れとされたのに対し、他組合所属の運転士九八名からはひとりの配転者も出ておらず、このことは本件配転命令の人選に全く合理性がないことを示している。

ウ 原告七名が受けた生活上の不利益

原告七名は、本件配転命令により、通勤時間に従来の倍の四時間余りを要することとなり、睡眠と通勤時間以外の日常生活に必要な時間の大半を奪われ、生活権を多大に侵害された。

エ 被告の誠意の欠如

本件配転命令は、原告七名及びその家族に多大の影響を与えるものであるから、配転にあたっては事前に充分な時間的余裕を与えて、意見聴取や協議を重ねて本人の意向、事情を尊重するなど誠意をもって行われてしかるべきであり、国鉄時代はこのような配転命令権行使の手続上の要件たる信義則の要請は誠実に行われていたのにもかかわらず、被告は、年の瀬の昭和六二年一二月二九日又は同月三一日に突如事前通知書を交付したため、原告七名は公的機関への救済申立てもできずに正月を迎えざるを得なかった。

特に、同年一二月二九日には、被告と国労西日本鉄道本部(以下「国労西日本本部」という。)との労働協約改訂交渉が行われ、「転勤出向の取り扱いについて」の協議につき、被告は、国労に対し、「社員の運用にあたっては業務上の必要性に基づき社員の適性、能力等を総合的に勘案し、適材・適所に配置するものとする。なお組合所属別に差別を行うものではなく、適時・適切な人事運用を行う考えである」旨回答しながら、この確認事項も無視して本件配転命令を発令したもので、信義則の要件を無視した人事権の行使である。

(三) 右のとおり、原告九名に対する本件転勤命令は不当労働行為ないし人事権の濫用として無効であるから、原告九名は、昭和六二年三月一〇日以降も、国鉄においては、府中電車区電車運転士又は同電車区電車運転士兼気動車運転士の地位にあったものである。また、被告設立委員会から採用にあたって提示された被告職員の労働条件において就業場所が被告の営業範囲内の現業機関等とされていたことは、積極的に他に配転されない限り国鉄における職場に対応する被告の職場に配属されることを前提としていると解されるから、被告設立委員会の配属についての明示の意思表示が無効である場合には、右労働条件の解釈から、昭和六二年三月一〇日当時所属していた現業機関における地位が確保されるに至ると解されるし、実際被告設立委員会は、同月一六日付けの配属通知において、同月一〇日付けで配転されなかった者に対しては、全て同日における国鉄での所属を被告での配属先に指定している。そうすると、原告九名にあっては、本件配属通知が本件転勤命令とともに不当労働行為ないし人事権の濫用として無効であるから、右時点で所属していた国鉄の現業機関における地位つまり府中電車区における地位を確保し、同年四月一日以降も被告府中電車区において、国鉄の電車運転士及び電車運転士兼気動車運転士の職名に対応する被告の職名である運転士又は主任運転士の地位、職務にあるというべきである。更に、原告七名に対する本件配転命令も不当労働行為ないし人事権の濫用として無効であるから、結局原告九名のうち既に被告を退職した原告猪原及び同佐藤を除いたその余の者は、昭和六二年四月一日以降も被告府中電車区が組織改編された府中鉄道部運転士又は同鉄道部主任運転士の地位及び職務にあるということができる。

4  被告の原告九名に対する損害賠償責任

本件配属通知、本件勤務指定及び本件配転命令は、右に述べたとおりいずれも不当労働行為であり、これらは同時に民法七〇九条の不法行為をも構成するから、被告は、原告九名に対し、右不当労働行為によって生じた損害を賠償する責任がある。

(一) 財産的損害

原告九名は、運転士又は主任運転士であるから、本件配属通知及び本件配転命令の発令がなく、かつ本件勤務指定による職務並びに岡山運転所及び岡山気動車区における車両美化作業に従事していなければ、運転士としての本来の業務である列車運転に従事することができ、乗務していれば、同じ資格及び同程度の経験を有する運転士が受けうべき乗務に伴う諸手当(調整額、超過勤務手当、祝日手当、夜勤手当、特殊勤務手当及び旅費)を受給できた筈であるところ、被告の右不当労働行為により、昭和六二年四月以降、これら乗務していたならば得べかりし手当の支給を全く受けることができなくなるという損害を被った。

原告九名が被った各損害額は、以下に各記載の総額をそれぞれ下回ることはないが、右総額は、同じく各記載の平均月額(原告九名が国鉄時代に府中電車区で乗務していた昭和六一年四月から昭和六二年三月までの一年間に受給した総手当額を一二で除した額)と月数(昭和六二年四月から原告九名が運転業務に復帰又は被告を退職するまでの運転業務に就いていなかった月数)を乗じたものである。なお、国鉄と被告の超過勤務手当、祝日手当、夜勤手当、特殊勤務手当、旅費の支給基準及び支給額は同一ないし近似しており、被告におけるこれらの支給基準が国鉄のそれを下回ることはないから、原告九名が被告において乗務していたならば得られたであろう乗務に伴う諸手当の額が以下の各平均月額を下回ることはないと見込まれるし、また、原告中元、同清水、同山本、同林及び同長谷川が、運転業務に本格的に復帰した後実際に被告から支給された乗務に伴う諸手当の各月額も以下の各平均月額を下回ることはなかった。

(1) 原告中元

平均月額 三万六一〇三円

月数 四三か月(平成二年一〇月まで)

総額 一五五万二四二九円

(2) 原告清水

平均月額 四万四六〇三円

月数 一六か月(昭和六三年七月まで)

総額 七一万三六四八円

(3) 原告猪原

平均月額 三万一九一二円

月数 四〇か月(平成二年七月まで)

総額 一二七万六四八〇円

(4) 原告山本

平均月額 二万〇八一六円

月数 三四か月(平成二年一月まで)

総額 七〇万七七四四円

(5) 原告佐藤

平均月額 四万一九一三円

月数 六一か月(平成四年四月まで)

総額 二五五万六六九三円

(6) 原告柿原

平均月額 四万二九一五円

月数 七五か月(平成五年六月まで)

総額 三二一万八六二五円

(7) 原告林

平均月額 四万五二〇八円

月数 七〇か月(平成五年一月まで)

総額 三一六万四五六〇円

(8) 原告長谷川

平均月額 三万七七一六円

月数 三六か月(平成二年三月まで)

総額 一三五万七七七六円

(9) 原告三好

平均月額 四万六〇六五円

月数 七五か月(平成五年六月まで)

総額 三四五万四八七五円

(二) 慰謝料

原告九名は、被告の不当労働行為により、著しい精神的苦痛を受けており、その苦痛に対する慰謝料は、原告九名各人につき各金五〇万円を下回ることはない。

5  原告組合に対する被告の損害賠償責任

(一) 原告組合に対する被告の不当労働行為

(1) 原告組合は、昭和六一年一〇月一日当時は、組合員数六一二名、六四パーセントの組織率であったが、国鉄の不当労働行為により、昭和六二年三月には組合員数は一九六名となり、更に被告設立委員会の意を受けた国鉄による配転の行われた後の同年四月には、組合員数一一六名、組織率一六パーセントへと激減した。

(2) 被告は、昭和六二年七月ころから二、三か月間、「当面の労働情勢に関する会社の見解」と題する被告社長名の文書を、原告組合の全職場に張り出し、被告の不当労働行為意思を明確にした。

右文書は、被告が鉄道労働組合(以下「鉄労」という。)の全日本鉄道労働組合総連合会(以下「鉄道労連」という。)からの脱退決定を残念に思っている旨及び被告が一企業一組合の方向が安定した労使関係の形成・社業の発展の上で重要であると考えている旨を表明したものであり、直接には鉄労の鉄道労連からの脱退の動きを牽制しようとする不当労働行為ではあるが、同時に被告は、暗黙のうちに、一組合のみとすることが会社の方針であることを労働者に表明したものである。そして、被告が望ましいと考えているのは、労使協同宣言を締結している鉄道労連であり、逆に国労は将来存在させないことが会社の方針であることを明らかにしており、これ程国労に対する被告の不当労働行為意思を明らかにした文書はない。

右文書の提示は、原告組合にとどまろうとする者及び復帰しようとする者に対し、被告の国労敵視の姿勢を明らかにし、組合と組合活動を妨害したもので、これにより原告組合は計り知れない打撃を受けた。

(3) 被告では、現場長らが、原告組合所属の訴外組合員らに対し、国労脱退を働きかける等の不当労働行為意思を明確にした発言を繰り返しており、右事件については広島県地方労働委員会に救済申立てが行われている。

(4) 本件配属通知、本件勤務指定及び本件配転命令については前記のとおりである。

(5) 被告設立委員会が、昭和六二年三月、同年四月一日以降の分割・民営化後の体制を目指して行った配転の際、原告組合の下部組織である府中電車区分会では一〇名の国労組合員全員が配転されたほか、糸崎駅分会、福山運輸分会及び福山車掌区においても、分会の組合役員の全員又は大部分が配転され、組合活動を行う能力と基盤が失われた。

(6) 原告組合の下部組織である五分会のうち糸崎運転区分会等四分会が、昭和六二年一〇月から同年一二月二日までの間に、勤務指定権を有する区長、駅長等に対し、右事項に関し団体交渉を求めたが、これらの者は、団体交渉応諾義務があるにもかかわらず、全くこれに応じなかった。

(二) 右(一)の(2)ないし(6)の各事実は、いずれも民法七〇九条の不法行為をも構成するものであるから、被告はそれに基づく損害を賠償する責任がある。

被告の右不当労働行為により、原告組合は、組合員の脱退、組合への加入激減、組合への復帰の減少等組合活動に筆舌に尽くし難い損害を受け、これに対する慰謝料は、金二〇〇万円を下回ることはない。

6  結論

よって、原告らは、被告に対し、次のとおり請求する。

(一) 被告に対し、原告中元は被告の組織変更により府中電車区を引き継いだ府中鉄道部主任運転士(二級)、原告山本は同鉄道部運転士(一級)、原告柿原、同林、同長谷川及び同三好はいずれも同鉄道部運転士(二級)としての地位確認を求める。

(二) 原告九名は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告中元は金二〇五万二四二九円、同清水は金一二一万三六四八円、同猪原は金一七七万六四八〇円、同山本は金一二〇万七七四四円、同佐藤は金三〇五万六六九三円、同柿原は金三七一万八六二五円、同林は金三六六万四五六〇円、同長谷川は金一八五万七七七六円、同三好は金三九五万四八七五円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(三) 原告組合は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

原告組合は、国労の下部組織に過ぎず、当事者能力を有しないから、原告組合の請求は不適法である。

三  本案前の主張に対する原告組合の反論

原告組合は、組織、組合員資格、意思決定機関及び会計処理規則について組合規約の定めがあり、独自の支部財政を有し、議決機関たる支部大会で毎年運動方針案を討議、議決し、執行機関たる支部執行委員会及びその議長たる支部執行委員長を選任し、支部執行委員長が原告組合を代表しているから、当事者能力の認められる権利能力なき社団である。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、糸崎運転区長が臨時売店への勤務を指示・命令したとする点は否認し、その余は認める。

(三)  同2(三)の事実は認める。

3(一)(1) 同3(一)(1)第一段の事実のうち、政府が昭和五八年六月一〇日国鉄再建監理委員会を発足させ、昭和六〇年七月二六日同委員会から国鉄の分割・民営化を推進する内容の答申を得て、昭和六二年四月一日をもって国鉄の分割・民営化を図ることとしたことは認め、その余は否認する。

同3(一)(1)第二段の事実のうち、国鉄が昭和六一年七月一日から全国に「人材活用センター」を設置したことは認め、その余は否認ないし知らない。

同3(一)(1)第三段の事実のうち、改革法等国鉄の分割・民営化に関する法律案が昭和六一年一一月二八日国会において可決成立したこと、職員の処遇につき改革法二三条が被告等の新たに設立される株式会社等による新規採用という手続を定めていることは認め、その余は否認ないし知らない。

同3(一)(1)第四段の事実は否認ないし不知

(2)ア 同3(一)(2)ア前段の事実のうち、国鉄が昭和六二年三月一〇日付けで原告九名に対し本件転勤命令を発令したこと、原告九名が糸崎運転区で乗務しなかったことは認め、その余は否認する。

同3(一)(2)ア後段の事実は、否認、不知ないし争う。

イ 同3(一)(2)イの事実のうち、第一段の事実は認め、その余は否認ないし争う。

(3) 同3(一)(3)第一段の事実は不知

同3(一)(3)第二段の事実のうち、改革法等国鉄の分割・民営化に関する法律案が参議院で可決された際の同院国鉄改革特別委員会の附帯決議、被告が原告九名に対して本件勤務指定を行ったことは認め、その余は否認ないし知らない。

同3(一)(3)第三段の事実は否認する。

同3(一)(3)第四段は争う。

(4) 同3(一)(4)前段の事実のうち、被告が原告七名に対し昭和六二年一二月二九日又は同月三一日に本件配転命令を通知したこと、原告組合糸崎運転区分会が同年一〇月一日から同年一二月二二日にかけて二三回にわたり糸崎運転区長に対し団体交渉を申し入れたことは認め、その余は否認ないし知らない。

同3(一)(4)後段の事実は否認する。

(二)(1)  同3(二)(1)は不知

(2)ア 同3(二)(2)アの事実のうち、昭和六二年三月一日当時府中電車区の運転士の定員が二〇名、現在員が二二名であったこと、糸崎運転区から府中電車区に転勤になり、同電車区において教育の上乗務している職員がいることは認め、その余は否認ないし知らない。

イ 同3(二)(2)イの事実は否認ないし不知

ウ 同3(二)(2)ウの事実は否認する。

エ 同3(二)(2)エの事実は否認ないし争う。

(3)ア 同3(二)(3)アの事実のうち、本件配転命令は原告七名に岡山運転所又は岡山気動車区所属の運転士(原告猪原は主任運転士)を命じる旨の辞令であり、原告猪原は主任運転士、その余の者は運転士の業務に就くために配転されたこと、昭和六三年一月一日当時、岡山運転所には一九〇名、岡山気動車区には六一名の運転士又は主任運転士が配属されており、そのうち岡山運転所では五〇名、岡山気動車区では一四名がそれぞれ運転以外の業務に就いていたことは認め、その余は否認する。

イ 同3(二)(3)イの事実は否認する。

ウ 同3(二)(3)ウの事実のうち、原告林及び同長谷川の往復の通勤時間がいずれも約四時間であることは認め、その余は否認する。

エ 同3(二)(3)エ前段の事実のうち、被告が原告七名に対し昭和六二年一二月二九日又は同月三一日に本件配転命令の事前通知書を交付したことは認め、その余は否認ないし知らない。

同3(二)(3)エ後段の事実のうち、昭和六二年一二月二九日被告と国労西日本本部とが労働協約改定交渉を行ったこと、右交渉では「転勤出向の取り扱いについて」の協議もなされ、それに関し被告が原告ら主張の趣旨の回答をしたことは認め、その余は否認ないし争う。

(三)  同3(三)は争う。

4  同4の事実は否認ないし争う。

5(一)(1) 同5(一)(1)の事実は否認ないし不知

(2) 同5(一)(2)の事実のうち、被告が、昭和六二年七月ころ、一週間から一〇日間位の期間、「当面の労働情勢に関する会社の見解」と題する被告社長名の文書を各職場に掲示したことは認め、その余は否認する。

(3) 同5(一)(3)の事実は否認する。

(4) 既に認否したとおり

(5) 同5(一)(5)の事実は否認ないし不知

(6) 同5(一)(6)の事実のうち、原告組合に属する分会が区長、駅長等に団体交渉を求めたことは認め、その余は否認する。

(二) 同5(二)は争う。

五  被告の主張

1  原告らの地位確認請求について

原告九名のうち原告清水、同猪原及び同佐藤を除く原告らは、被告府中鉄道部主任運転士又は同鉄道部運転士としての地位の確認を求めるものであるが、労働者が特定の勤務箇所において勤務すべき法律上の地位を取得するためには、使用者からその旨を命じられることが必要であり、右原告らは、これまで被告から府中鉄道部以外の特定の現業機関へ勤務すべきことを命じられたことはあるものの、同鉄道部又はその前身である府中電車区へ勤務すべきことを命じられたことはなく、右原告らが同鉄道部に勤務すべき法律上の地位を取得する理由はない。それにもかかわらず、右原告らの地位確認請求を理由あらしめるためには、右原告らが同鉄道部又は同電車区へ勤務すべき法律上の地位を新たに形成せねばならないが、右原告らにこのような法律関係を形成する実体上の権利が存しないことも明らかである。そして、本訴においても、右原告らは、被告から同鉄道部又は同電車区へ勤務すべきことを命じられた旨あるいは右法律上の地位を与える実体法上の権利の存在は何ら主張しておらず、右原告らの右法律上の地位を有することの確認請求は、主張自体失当である。結局、右原告らは、国鉄時代に府中電車区に勤務していたことを拠り所とし、本件転勤命令、本件配属通知及び本件配転命令が全て無効であるから、被告においても同電車区の後身である府中鉄道部に勤務することができると主張しているものと解さざるをえない。

しかしながら、被告は、改革法及び新会社法に基づき国鉄とは別個の法人として設立されたものであり、被告の設立手続については、改革法等に詳細に規定されているところ、被告等の改革法にいう承継法人は、その成立の時において、国鉄の権利・義務のうち、同法にいう承継計画において定められたものを、同計画において定めるところに従い承継するものとし、国鉄と承継法人との間の権利・義務の承継は、同計画に明示された範囲に限定されている。そして、職員の雇用関係は、同計画に記載される承継法人に承継させる権利及び義務には含まれておらず、かえって改革法二三条によれば、承継法人の職員は別途採用手続を経て新規に雇用関係を設定すべきものとされ、国鉄と職員との間の雇用関係が承継法人に承継されるということは全く想定されていない。

なお、国鉄による本件転勤命令等昭和六二年三月一〇日付け人事異動は、国鉄が廃止される同年三月三一日から被告等承継法人が発足する同年四月一日にかけて事業が円滑に移行されることを企図して、国鉄の独自の判断と責任において実施されたものであり、他方、本件配属通知は、各承継法人の設立委員が、各承継法人の業務開始が円滑に行われることを確保するため、各承継法人への採用内定者に対し、承継法人における勤務箇所、職名等を明示すべく、国鉄による右人事異動終了後の勤務箇所、職名等を承継法人におけるそれに機械的に読み替えて予め通知したものである(それゆえ、本件配属通知は、採用内定者に対し、従前と異なる職務を命じる等労働条件に関し実質的な変更をきたす人事異動の発令ではない。)。したがって、国鉄による本件転勤命令を、被告又は被告設立委員が国鉄と一緒になって行ったとか利用したなどという関係は一切なく、原告らの主張は、改革法二三条が採用手続に関する権限を承継法人の設立委員と国鉄とに分配したことを無視するものである。

2  本件勤務指定について

被告は、原告九名を運転士としてではなく、従業員として採用したもので、その募集にあたって提示した労働条件に記載されているとおり、被告の行う事業に関する業務に従事する旨の労働契約を締結したものであり、また、就業規則に定める運転士又は主任運転士との職名に指名はしたが、就業規則によれば、その職務内容は運転業務のみに限定されないし、それ以外の職務又は職制に定められていない業務に従事させることもできるのであって、被告には、原告九名を運転業務に従事させる労働契約上の債務はない。したがって、昭和六二年四月一日現在糸崎運転区における運転業務や車両検査業務だけが、同運転区所属従業員の本来の業務ということはできないから、これらの業務に就かせないことが不当労働行為に該るということはできない。

また、原告猪原及び同三好が従事している「構内雑務作業(日勤)」(以下「日勤雑務」という。)及び「雑務作業(休養管理リネン)」(以下「リネン雑務」という。)は、以前は国鉄職員である機関士又は車両係において行っており、昭和五八年五月ころから一旦外注されるようになったものの、昭和五九年ころから余剰人員対策のうちの経費節減策として再び国鉄職員が直轄業務として行うようになり、昭和六二年四月一日に被告が設立された後は、被告従業員が同様に行っているものである。

なお、夏期臨時売店業務は糸崎運転区長が命令したものではないが、付言すると、被告は鉄道事業以外にも各種事業を営むことが定款にも定められていて、その中には飲食料品の小売業、飲食店業も含まれており、これら業務は被告の重要な増収対策の一環であって、被告従業員がこれら業務を行う夏期臨時売店に従事するのは当然のことであり、国労組合員以外の者も多数従事している。同様に、文鎮製作及び各種雑務作業も、民間会社である被告の増収・経費節減策の一環であり、運転士又は主任運転士といえどもその職務が就業規則上も列車の運転に限られない以上、これらに従事したことをもって不利益な取扱であるなどとする次元で捉えることはできない。

3  本件配転命令について

本件配転命令には、次のとおり、業務上の必要性と人選の合理性が備わっていた。

(一) 車両美化計画の策定

被告は、保有する鉄道車両の美化・修繕を検修業務として定期的に実施していたが、被告本社では、昭和六二年四月ころ、右定例の作業以上に及ぶ車両美化作業を行う計画を立案し、同年六月ころ、岡山支社に計画の概要を示した。岡山支社では、右計画に加え、昭和六三年三月に本四備讃線開業及び岡山県倉敷市児島における瀬戸大橋博覧会開催を控えていたことから、昭和六二年七月ころ、座席モケット取替えを中心とする独自の車両美化計画を策定することとし、同年一一月には計画(以下「本件美化計画」という。)が確定した。これによると、同年一二月中に作業を開始し、昭和六三年三月までに作業を完了するものとされていた。

本件美化計画を実施するについては、一車両分のモケットを取り替えるのに六人がかりで作業して一日かかるものと見込み(通常は二・二人工〔人工とは、作業量の単位で、一人の労働者が一〇時間作業して達成できる作業量を一人工という。〕で完了する。)、これに作業対象車両数(岡山運転所の電車一一六両及び岡山気動車区の気動車五三両)及び前記のような作業期間を勘案すると、岡山運転所では一二名、岡山気動車区では六名の合計一八名の作業員が必要と算定された。

(二) 岡山への転勤者の人選

被告は、右一八名には現場長が日々指示する業務に従事する余裕人員をもって充てるのが配転後の欠員補充の面からも妥当であると考え、昭和六二年末ころ岡山支社管内の運転系統の現場機関で余裕人員を計上していた岡山運転所と糸崎運転区から要員を配転することとし、岡山運転所の余裕人員九名及び同運転所の活用策を見直して捻出した二名並びに糸崎運転区から選抜した七名を本件美化計画に従事させることにした。

そして、被告は、右観点から、糸崎運転区において実際に列車に乗務している者を配転すると、その補充者が乗務に必要な相当期間の訓練を受けて運転業務に就くまでは配転者も異動できず、直ちに配転を命じることができないことから、当時同運転区において活用策に従事していた者及び余裕人員合計一三名の中から配転者を選ぶこととし、主に岡山までの通勤時間と年齢を考慮して原告七名を配転者と決め、本件配転命令を発令した。

なお、原告七名の本件配転当時の職名は、いずれも運転士又は主任運転士であるが、その職務内容が就業規則上も運転業務に限られないことは前記のとおりであり、車両美化作業も、運転士又は主任運転士の職務内容に含まれる。

4  原告らの損害賠償請求について

不当労働行為制度と不法行為制度とは、制度目的、成立要件を異にするから、仮に使用者の行為につき不当労働行為が成立するとしても、そのことが当然に不法行為の成立をももたらすものではない。原告らは、民法七〇九条の不法行為に基づき損害賠償を求めているが、原告らの主張は同条の要件に該る事実が明確に主張されておらず、主張自体失当である。

原告九名は、運転士が運転業務に従事すれば、超過勤務手当、祝日手当、夜勤手当、特殊勤務手当、旅費、調整額の各手当を当然に画一的に支給されるものであるとの前提に立ち、原告九名が国鉄から支給を受けた給与額と被告から支給された給与額とを単純に比較し、その差額をもって原告九名が被告の不法行為により受けた損害であるとする。しかしながら、右諸手当は、実際の勤務内容が手当支給の要件を満たす場合に、勤務実態に則して支給されるものであり、乗務さえすれば当然に画一的に支給されるものではない。また、右諸手当の算定基準を定めた被告の賃金規程等は、国鉄の職員賃金基準規程等と内容が異なっており、原告九名の主張する金額をもって原告九名の受けた損害とすることはできない。

原告組合は、法人格なき社団であるから、慰謝料請求権は成立しない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録を引用する(略)。

理由

一  原告組合の訴訟上の当事者能力について

証拠(〈証拠略〉)によると、原告組合は、国鉄当時は山陽本線大門・糸崎駅間の各駅や糸崎運転区等に勤務する国鉄職員によって組織され、昭和六二年四月一日をもって国鉄が分割・民営化された以後もほぼ同一の組織として存続し、その組織・機関、会計、構成員の権利義務を定めた規約を持ち、支部大会、支部委員会、支部執行委員会、支部執行委員長の名称の意思決定機関、執行機関を備え、支部執行委員長が支部を代表するものとされ、支部大会等では多数決の原則が行われ、その財産は原告組合員の個人財産及び上部機関の財産からは分離されて管理・運営されていることが認められる。したがって、原告組合は、権利能力なき社団として訴訟上も当事者能力を有すると認めることができる。

二  本訴請求について

1(一)  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

(二)  請求原因第2項の事実は、糸崎運転区長が臨時売店への勤務を指示・命令したとする点を除き、当事者間に争いがない。

(三)(1)  請求原因第3項(一)(1)の事実のうち、政府が、昭和五八年六月一〇日国鉄再建監理委員会を発足させ、昭和六〇年七月二六日同委員会から国鉄の分割・民営化を推進する内容の答申を得て、昭和六二年四月一日をもって国鉄の分割・民営化を図ることとしたこと、国鉄が昭和六一年七月一日から全国に「人材活用センター」を設置したこと、改革法等国鉄の分割・民営化に関する法律案が昭和六一年一一月二八日国会において可決成立したこと、職員の処遇につき改革法二三条が被告等の新たに設立される株式会社等による新規採用という手続を定めていることは、当事者間に争いがない。

同項(一)(2)ア前段の事実のうち、国鉄が昭和六二年三月一〇日付けで原告九名に対し本件転勤命令を発令したこと、原告九名が糸崎運転区で乗務しなかったことは、当事者間に争いがない。

同項(一)(2)イ第一段の事実は当事者間に争いがない。

同項(一)(3)第二段の事実のうち、改革法等国鉄の分割・民営化に関する法律案が参議院で可決された際の同院国鉄改革特別委員会の附帯決議、被告が原告九名に対して本件勤務指定を行ったことは、当事者間に争いがない。

同項(一)(4)前段の事実のうち、被告が原告七名に対し昭和六二年一二月二九日又は同月三一日に本件配転命令を通知したこと、原告組合糸崎運転区分会が同年一〇月一日から同年一二月二二日にかけて二三回にわたり糸崎運転区長に対し団体交渉を申し入れたことは、当事者間に争いがない。

(2)  同項(二)(2)アの事実のうち、昭和六二年三月一日当時府中電車区の運転士の定員が二〇名、現在員が二二名であったこと、糸崎運転区から府中電車区に転勤になり、同電車区において教育の上乗務している職員がいることは、当事者間に争いがない。

同項(二)(3)アの事実のうち、本件配転命令は原告七名に岡山運転所又は岡山気動車区所属の運転士(原告猪原は主任運転士)を命じる旨の辞令であり、原告猪原は主任運転士、その余の者は運転士の業務に就くために配転されたこと、昭和六三年一月一日当時、岡山運転所には一九〇名、岡山気動車区には六一名の運転士又は主任運転士が配属されており、そのうち岡山運転所では五〇名、岡山気動車区では一四名がそれぞれ運転以外の業務に就いていたことは、当事者間に争いがない。

同項(二)(3)ウの事実のうち、原告林及び同長谷川の往復の通勤時間がいずれも約四時間であることは、当事者間に争いがない。

同項(二)(3)エ前段の事実のうち、被告が原告七名に対し昭和六二年一二月二九日又は同月三一日に本件配転命令の事前通知書を交付したことは、当事者間に争いがない。

同項(二)(3)エ後段の事実のうち、昭和六二年一二月二九日被告と国労西日本本部とが労働協約改定交渉を行ったこと、右交渉では「転勤出向の取り扱いについて」の協議もなされ、それに関し被告が原告ら主張の回答をしたことは、当事者間に争いがない。

(四)  請求原因第5項(一)(2)の事実のうち、被告が、昭和六二年七月ころ、一週間から一〇日位の期間、「当面の労働情勢に関する会社の見解」と題する被告社長名の文書を各職場に掲示したことは、当事者間に争いがない。

同項(一)(6)の事実のうち、原告組合に属する分会が区長、駅長等に団体交渉を求めたことは、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一)  国鉄改革の経緯

国鉄は、昭和三九年度決算から赤字を計上するようになり、以後その赤字額が年々増加の一途をたどったことから、国及び国鉄による数次の再建対策が試みられたものの、いずれも所期の成果を収めるには至らず、やがて、国鉄再建のためにはその経営形態の抜本的な改革が必要であるとの見解も主張されるようになってきた。

このような情勢下において、昭和五八年六月一〇日、日本国有鉄道の経営する事業の再建の推進に関する臨時措置法に基づき国鉄再建監理委員会が発足し、同委員会は、昭和六〇年七月二六日、国鉄の分割・民営化を基本とし、併せて巨額の債務等についての適切な処理と過剰な国鉄の職員数の是正等を骨子とした「国鉄改革に関する意見」を内閣総理大臣に提出した。政府は、同月三〇日、右意見を最大限に尊重する旨の閣議決定を行い、この趣旨に沿った改革法等国鉄改革関連九法案を国会に提出した。このうち日本国有鉄道の経営する事業の運営の改善のために昭和六一年度において緊急に講ずべき特別措置に関する法律は、昭和六一年五月一二日国会で可決成立し、同月三〇日に公布施行され、その余の改革法、新会社法、新幹線鉄道保有機構法、日本国有鉄道清算事業団法、日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法、鉄道事業法、日本国有鉄道改革法等施行法、地方税法及び国有資産等所在市町村交付金及び納付金に関する法律の一部を改正する法律は、一旦廃案となった後再び国会に提出され、同年一一月二八日可決成立し、同年一二月四日に公布された。

(二)  改革法等の概要

改革法は、(1)国は、被告を含む六つの旅客鉄道株式会社を設立し、地域に応じて国鉄の旅客鉄道事業(六条)、連絡船事業(九条)、旅客自動車運送事業(一〇条)を引き継がせるものとすること、(2)国は、新幹線鉄道保有機構を設立し、新幹線鉄道の施設の一括保有及び貸付けに関する業務を行わせるものとすること(七条)、(3)国は、日本貨物鉄道株式会社を設立し、国鉄の貨物鉄道事業を引き継がせるものとすること(八条)、(4)国は、右以外の法人で運輸大臣が指定するものに、国鉄の電気通信、情報処理及び試験研究に関する業務のうち、一体的に運営することが適当であると認められるものを引き継がせるものとすること(一一条一項)、(5)国は、これらのほか、国鉄が行っている事業又は業務(「事業等」と称される。)のうち、旅客鉄道株式会社、新幹線鉄道保有機構、日本貨物鉄道株式会社及び一一条一項の規定により指定された法人(これらを一括して「承継法人」と称される。)が行うこととなる事業等と併せて運営することが適当と認められるものについては、当該承継法人に引き継がせるものとすること(一一条二項)、(6)国は、承継法人が国鉄から事業等を引き継ぐに際し、その引き継いだ事業等の健全かつ円滑な運営を阻害しない範囲において、当該承継法人(北海道、四国及び九州における旅客鉄道株式会社並びに(4)の法人を除く。)に対し、国鉄の長期借入金及び鉄道債券に係る債務その他の債務を承継させる等の措置を講ずるものとすること(一三条)、(7)国は、国鉄の改革の実施に伴い、日本鉄道建設公団の鉄道施設に係る資産又は同公団及び本州四国連絡橋公団の鉄道施設の建設に係る費用の一部について、国鉄又は日本国有鉄道清算事業団(「事業団」と称される。)への承継その他の費用負担に関する適切な措置を講ずるものとすること(一四条)、(8)国は、国鉄が承継法人に事業等を引き継いだときは、国鉄を事業団に移行させ、承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を行わせるほか、臨時に、その職員の再就職の促進を図るための業務を行わせるものとすること(一五条)、(9)運輸大臣は、国鉄の事業等の承継法人への引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関し、〈1〉承継法人に引き継がせる事業等の種類及び範囲に関する基本的な事項、〈2〉承継法人に承継させる資産、債務並びにその他の権利及び義務に関する基本的な事項、〈3〉国鉄の職員のうち承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの数、〈4〉その他承継法人への事業等の適正かつ円滑な引継ぎに関する基本的な事項について、基本計画を定め、国鉄に対し、承継法人ごとに、その事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継に関する実施計画を作成すべきことを指示しなければならないこと(一九条一ないし三項)、(10)国鉄は、右指示があったときは、右基本計画に従い、〈1〉当該承継法人に引き継がせる事業等の種類及び範囲、〈2〉当該承継法人に承継させる資産、〈3〉当該承継法人に承継させる債務、〈4〉右〈2〉及び〈3〉のほか、当該承継法人に承継させる権利及び義務、〈5〉右〈1〉ないし〈4〉のほか、当該承継法人への事業等の引継ぎに関し必要な事項について実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受けなければならず、右実施計画を変更しようとするときは、運輸大臣の認可を受け、または軽微な変更をしようとするときは、その旨を運輸大臣に届け出なければならないこと(一九条四項ないし七項)、(11)右実施計画(右変更があったときは、変更後の実施計画。併せて「承継計画」と総称する。)において定められた国鉄の事業等は、承継法人の成立の時(右(4)の法人にあっては附則二項の規定の施行の時。いずれも昭和六二年四月一日)において、それぞれ、承継法人に引き継がれるものとすること(二一条)、(12)承継法人は、それぞれ、右の時において、国鉄の権利及び義務(二四条一ないし三項により日本鉄道建設公団から承継するものを含む。)のうち承継計画において定められたものを、承継計画において定めるところに従い承継すること(二二条)をそれぞれ規定し、(13)承継法人の職員の採用については、〈1〉承継法人の設立委員(右(4)の法人にあっては当該法人。併せて「設立委員等」と称する。)は、国鉄を通じ、その職員に対し、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び採用の基準を提示して、職員の募集を行うものとすること、〈2〉国鉄は、右提示がなされたときは、承継法人の職員となることに関する国鉄の職員の意思を確認し、承継法人別に、その職員となる意思を表示した者の中から当該承継法人に係る右採用の基準に従い、その職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して設立委員等に提出するものとすること、〈3〉右名簿に記載された国鉄の職員のうち、設立委員等から採用する旨の通知を受けた者であって附則二項の規定の施行の際現に国鉄の職員であるものは、承継法人の設立の時において、当該承継法人の職員として採用されること、〈4〉右〈1〉ないし〈3〉の実施に関し必要な事項は、運輸省令(同法施行規則)で定めること、〈5〉承継法人((4)の法人を除く。)の職員の採用について、当該承継法人の設立委員がした行為及び当該承継法人の設立委員に対してなされた行為は、それぞれ、当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為とすること、〈6〉右〈3〉により国鉄の職員が承継法人の職員となる場合には、その者に対しては、国家公務員等退職手当法に基づく退職手当は、支給しないこと、〈7〉承継法人は、右〈6〉の承継法人の職員の退職に際し、退職手当を支給しようとするときは、その者の国鉄の職員としての引き続いた在職期間を当該承継法人の職員としての在職期間とみなして取り扱うべきものとすること(二三条)を定めている。

また、新会社の設立委員は、運輸大臣によって各会社ごとに命じられ、当該会社の設立に関して発起人の職務を行い、改革法二三条に定める事項のほか、当該会社がその成立の時において事業を円滑に開始するために必要な業務を行うことができるものと定められており(新会社法附則二条一項、二項)、もっぱら、これらの法の定める新会社の設立に関する職務を行うこととされている。

右のような手続・内容による国鉄改革は、昭和六二年四月一日に実施するものとされていた(改革法五条)。

(三)  国鉄改革をめぐる労使関係

国鉄には、右国鉄改革開始当時、国労のほか、鉄労、国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)及び全国鉄施設労働組合(以下「全施労」という。)等の労働組合が存在していた。

国鉄は、昭和五九年六月五日、国鉄の経営悪化に伴い顕著となってきた余剰人員問題につき、各組合に対し、退職制度の見直し、休職制度の改訂・拡充及び派遣制度の拡充を骨子とする対策案を提示し、鉄労、動労及び全施労とは、退職制度の見直しを除き、同年一〇月九日、妥結し、国労とは、公共企業体等労働委員会の仲裁を経た後、昭和六〇年四月九日、妥結に至った。しかしながら、国労の一部下部組織は、退職、休職、派遣につき当局には協力しないいわゆる「三ない」運動をなお継続し、このため国鉄は、国労との雇用の安定等に関する協約(以下「雇用安定協約」という。)の継続締結を拒否し、同協約は同年一一月三〇日をもって失効した(なお、国鉄は、鉄労、動労及び全施労とは、雇用安定協約を継続締結した。)。

次いで、国鉄は、昭和六一年三月四日、各組合に対し、余剰人員の地域的偏在を調整するため、余剰人員が特に多い北海道、九州地区から、東京、大阪、名古屋地区へ合計約三四〇〇名の職員を広域異動させることを提案し、これに対し国労は団体交渉で解決することを主張して反対したが、鉄労、動労及び全施労は同意し、同月二〇日から希望者の募集が開始され、同年五月一日以降順次異動が実施された。

先に示したように、昭和六〇年七月二六日に国鉄再建監理委員会の意見が提出されるなど、国鉄の分割・民営化に向けての動きが次第に具体化してくるのに対し、国労は従来から分割・民営化に反対し、一貫して反対闘争を行ってきたが、鉄労は同年八月の大会で分割・民営化の支持を決定し、更に従来は国労とともに分割・民営化に反対してきた動労も労使強調(ママ)路線に方針を変更し、昭和六一年一月一三日、国鉄と鉄労、動労及び全施労は、職員の雇用の安定を守るとの立場から、国鉄改革の達成まで、労使が、安全輸送の確保、折り目正しいサービスの実現、新しい事業運営の体制の確立及び余剰人員対策に一致協力して取り組む旨の「労使共同宣言」を締結し、更に、国鉄と鉄労、動労、全施労及び真国(ママ)鉄労働組合(雇用安定協約の締結を主張して国労を脱退したグループが結成した労働組合)によって組織された国鉄改革労働組合協議会は、同年八月二七日、「今後の鉄道事業のあり方についての合意事項(第二次労使共同宣言)」を締結したが、右第二次労使共同宣言は、労使が分割・民営化を基本とする国鉄改革に向かって一致協力すること、組合は今後争議権が付与された場合も鉄道事業の健全な経営が定着するまでは争議権の行使を自粛すること、今後の鉄道事業が健全な発展を遂げるためには、業務遂行に必要な知識と技能に優れ、企業人としての自覚を有し、向上心と意欲にあふれる職員により担われるべきであり、労使は、これまでも派遣・休職制度等、直営売店、広域移動等を推進し、労使共同宣言に則り着実な努力を重ねてきたが、今後は更に必要な教育の一層の推進を図るとともに、それぞれの立場において職員の指導を徹底すること等を内容としていた。

このように国労以外の組合が国鉄との労使協調路線を取るに至ったことに加え、国鉄においては、同年七月一日から、余剰人員の活用を図るために各地に「人材活用センター」を設置し、同センターに配置された職員を鉄道業務とは直接の関係のない職務に従事させていたところ、職員の間では同センターに配属されると分割・民営化に際しては承継法人に採用されないのではないかとの不安が広がり、このため国労組合員にも動揺を来すようになったことから、当時の国労執行部は従来の方針の転換を決意し、国鉄改革の実施が約半年後に迫った同年一〇月九日及び一〇日の両日にわたって第五〇回臨時全国大会を開催し、労使共同宣言を締結し雇用確保を図ろうとする緊急案を提出したものの、右大会において右緊急案は否決され、国鉄の分割・民営化にあくまで反対する新執行部が選出され、国労はこれまでの方針を堅持することとなった。

(四)  原告九名の被告への採用の経緯と本件転勤命令の発令等

前記のとおり改革法等国鉄改革関連法案が昭和六一年一二月四日公布施行されたことを受けて、同日、運輸大臣は、新会社法附則二条一項に基づき、新会社の設立委員を任命した。同月一六日、国鉄の事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画が閣議決定され、国鉄職員のうち承継法人の職員となる者の総数は二一万五〇〇〇人(右総数は、国鉄の余剰人員対策のため、旅客鉄道部門の適正要員規模を約二割上回る職員を被告等の旅客鉄道株式会社に移行させることを予定した数字であった。)、うち被告については五万三四〇〇人と定められ、同月一一日、第一回の設立委員会が開催され、新会社の労働条件の基本的な考え方と職員の採用基準が決められ、同月一九日、第二回設立委員会において更に詳細な労働条件が決定され、国鉄に対し、右労働条件及び採用基準が提示された。

国鉄はこれを受けて、同月二四日から昭和六二年一月七日までに、職員に対し、被告ほか承継法人に採用を希望するか否かの意思確認を行ったが、その際、各承継法人の労働条件、採用の基準及び概要(事業内容、設立時の事業地域、職員数、経営諸元、設立委員など)を記した書面も同時に配付され、原告九名はいずれも被告への採用を希望した。なお、提示された被告の労働条件のうち、従事すべき業務は「旅客鉄道事業及びその附帯事業並びに自動車運送事業その他会社が行う事業に関する業務とします。なお、出向を命ぜられた場合は出向先の業務とします。」とされ、主な業務としては、鉄道事業に関する営業、運転、施設、電気又は車両関係の駅区所における業務等のほか、関連事業の業務も掲げられていた。

国鉄は、職員の意思と採用基準を考慮し、承継法人の職員となるべき者の名簿を作成し、同年二月七日、これを設立委員に提出し、同月一二日、第三回設立委員会が開催され、右名簿に記載された者は全員採用されることとなり、原告九名を含むこれら採用内定者に対しては同日付けで採用通知が送付された。なお、承継法人への採用を希望する職員が予想外に少なかったことなどから、被告に採用を希望する者は概ね採用された。

国鉄は、従前から年度末の職員の退職やダイヤグラムの改正に併せて、二、三月ころ大幅な人事異動を行っていたが、昭和六二年は、国鉄改革に伴う希望退職者や公的部門への転出者が大量に生じたほか、右採用内定通知により承継法人への採用内定者も決まったこと、更に、前記のように採用内定者数が本来の鉄道業務の適正人員を上回る数であったことから、余剰人員の配置の必要性もあり、同年三月一〇日付け等で大量の人事異動を行い、原告九名に対しても、本件転勤命令がなされた。

新会社の設立委員は、同月一六日付けで、前記のとおり採用通知をした者に対し、同年四月一日以降の所属、勤務箇所、職名、等級、賃金その他の事項を記載した通知を作成し、原告九名を含む採用内定者に、同日以降送付したが、右通知の勤務箇所及び職名は、右時点での国鉄におけるものを被告におけるそれに機械的に読み替えたものであった。

同年三月一七日、第四回設立委員会が開かれ、新会社の役員候補者や定款案等が決定され、同月二四日被告の創立総会が開催され、右定款を承認し、取締役及び監査役を選任するなどし、引き続いて取締役会が開かれ、代表取締役が選任された。

原告九名をはじめ採用希望者は、国鉄に退職届を提出し、同月三一日、国鉄を退職した。

(五)  被告発足後の事業展開(特に岡山支社関連)

被告は、昭和六二年四月一日、設立され、主として北陸、近畿及び中国地方において国鉄の営んでいた旅客鉄道事業を引き継ぎ、本社のほか金沢、岡山及び広島の三支社を置き、岡山支社は、糸崎運転区、岡山運転所、岡山気動車区等の岡山地区の現業機関を統括した。

被告は、旅客鉄道事業をその基幹事業と位置付けていたが、右旅客鉄道事業は国鉄の分割・民営化によって直ちに売上の増大が見込めないことから、これに被告定款二条所定の一九項目の被告の目的の中でも物品販売等の関連事業及び旅行代理店業務等の旅行事業を加え、これらを被告の営む事業の三本柱とし、関連事業等からの収益をいわゆる大手私鉄並の比率にまで拡大することを意図していた(ちなみに、国鉄法三条一項は、国鉄の行う業務としては、単に「鉄道事業及びその附帯事業の経営」等と規定していた。)。

被告設立時の被告従業員数は、約五万一〇〇〇名であり、右従業員数は、国鉄分割民営化の際に定められた被告の従業員定員を若干下回るものではあるが、右定員は、国鉄の余剰人員吸収のため、被告の旅客鉄道部門の適正要員規模を上回るものであったから、被告は、その設立当初から過剰な従業員を抱えており、これを岡山支社について見ると、同支社所属の従業員約四四〇〇名のうち、鉄道事業に必要な要員数は約三三〇〇ないし三四〇〇名に過ぎず、鉄道事業に必要な要員数を上回る約一〇〇〇名のうち、当時出向中の約一五〇名、関連事業に従事する約一五〇名及び旅行事業に従事する約一四〇名のほかは、暫定直営(従来外注していた業務に従業員を就け、委託費の軽減と従業員の有効活用を図る活用策をいう。)に約二〇〇名が、鉄道の附帯事業を行う活用策に約五〇〇名がそれぞれ従事しており、これら暫定直営活用策に従事している従業員、更には今後の鉄道事業の効率化、省力化により新たに余剰となると見込まれる従業員を関連事業及び旅行事業に移行させることが被告にとっての重要な課題とされていた。

被告岡山支社は、関連事業については、乗降客等の多い主要駅に店舗を設置すること及び夏期の多客期には駅構内に飲食物等の臨時売店を設けること並びに関連事業に従事する人材の養成を計画し、臨時売店については、同支社を挙げて昭和六二年七月二〇日ころから順次開設し、同年八月末日までの期間中の同支社管内の総売上高は約一億四五〇〇万円に達した(なお、これら夏期臨時売店は、関連事業の試行と、従業員に関連事業を体験させるという意味付けもあった。)。右のような試行時期を経て、会社内における関連事業の位置付けを明確にし、機敏な事業展開に対応するとともに、収支管理等の確立を図るために、同年一〇月一日付けで岡山、倉敷及び福山に事業所が設けられ、各担当区域における関連事業を統括管理することとなり、更に関連事業の柱となる飲食、物販部門については、一層の事業運営の効率化と経営責任の明確化を目指して、昭和六三年六月に被告が全額を出資して飲食部門、物販部門の二つの子会社が設立されるに至っている(なお、右二社の社員には原則として被告からの出向者が充てられている。)。

旅行事業については、昭和六二年六月二九日に国内旅行業の登録認可を受け、同年七月一日から事業を開始し、駅旅行センターを中核に漸次、国内旅行、海外旅行等へと取扱業務を拡大するに至っている。

右のような関連事業等の展開に伴い、岡山支社管内での関連事業の収入は昭和六二年度に約二九億三〇〇〇万円、昭和六三年度には約五六億四二〇〇万円に達している。また、これに従事する従業員数を見ても、昭和六三年九月ころ、岡山支社の約四四〇〇名の従業員のうち、鉄道事業に必要な者が約三一〇〇ないし三二〇〇名(効率化により昭和六二年当時より減少)、前記二つの子会社を除いた出向者が約二六〇ないし二七〇名、関連事業に従事する者が約四〇〇名(右二つの子会社を含む。)となっており、これを更に運転士等の運転系統の従業員で見ると、必要要員数約六五〇名に対し、昭和六二年四月当時は約一〇〇〇名の従業員がいたのに対し、八〇〇名程度にまで減少し、前記のような従業員の移行がある程度奏功し、それに伴い前記のような暫定直営、活用策に従事する従業員も減少傾向にあった。

(六)  被告発足後の原告九名に対する発令及び勤務指定

原告九名は、いずれも昭和六二年四月一日、被告に運転士(原告中元及び同猪原はいずれも主任運転士)として採用され、以後糸崎運転区において雑務作業に従事することとなり、同運転区長から、日勤で主として庁舎内の清掃作業を行う日勤雑務、日勤で主として乗務員宿泊所のリネン類の取り替え、布団整理及び清掃作業を行うリネン雑務又は二四時間勤務で主として清掃作業及び整理作業を行う「雑務作業(一交)(以下「一交雑務」という。)等の勤務割り指定を受け、これらに従事したほか、原告清水、同佐藤、同柿原、同林及び同長谷川にあっては、同年五月一三日から同年七月一七日まで、同運転区において、文鎮製作作業(架線を切断して磨いた上、これに把手を付け、露店等で販売するための文鎮に加工する作業)に従事していた。そして、それ以降の原告九名についての勤務指定及び配転等の概要は次のとおりである。

なお、以下の「復帰養成」とは運転業務から離れていた者がそれに復帰するための教育・訓練をいい、「車両美化作業」とは後記の本件美化計画に基づく作業をいい、「マリンライナー美化作業」とは本四備讃線の快速電車の車体清掃作業をいう。

(1) 原告中元

平成元年九月二八日 岡山運転区兼務(復帰養成)

平成二年三月一二日 運輸部営業課兼務(岡山県笠岡市の食と緑の博覧会会場にて勤務)

同年六月一八日 岡山運転区兼務(復帰養成)

同年一〇月一八日 岡山運転区主任運転士

以後山陽本線等において運転業務に就く。

平成五年四月一二日 糸崎運転区主任運転士

(2) 原告清水

昭和六二年七月一七日 府中駅営業指導係兼務(同駅夏期臨時売店にて勤務)

同年一〇月一日 右兼務解除(糸崎運転区にて雑務作業に従事)

昭和六三年八月一九日 府中電車区運転士

以後福塩線で運転業務に就く。

(3) 原告猪原

昭和六三年一月五日 岡山運転所主任運転士(本件配転命令、同運転所にて車両美化作業及びマリンライナー美化作業に従事)

平成二年七月三一日 被告を依願退職

(4) 原告山本

昭和六二年七月一七日 福山駅営業指導係兼務(同駅夏期臨時売店にて勤務)

同年一〇月一日 右兼務解除(糸崎運転区にて雑務作業に従事)

昭和六三年一月五日 岡山運転所運転士(本件配転命令、同運転所にて車両美化作業及びマリンライナー美化作業に従事)

平成元年九月二八日 岡山運転区兼務(復帰養成)

平成二年二月一三日 岡山運転区運転士

以後山陽本線等で運転業務に就く。

平成五年三月八日 糸崎運転区運転士

(5) 原告佐藤

昭和六二年七月一七日 新倉敷駅営業指導係兼務(同駅夏期臨時売店にて勤務)

同年一〇月一日 右兼務解除(糸崎運転区にて雑務作業に従事)

昭和六三年一月五日 岡山運転所運転士(本件配転命令、同運転所にて車両美化作業及びマリンライナー美化作業に従事)

平成元年三月一一日 車両総点検業務の指定

平成二年三月一〇日 車両技術係に職名変更

平成四年五月五日 被告を依願退職

(6) 原告柿原

昭和六二年七月一七日 福山駅営業指導係兼務(同駅夏期臨時売店にて勤務)

同年一〇月一日 右兼務解除(糸崎運転区にて雑務作業に従事)

昭和六三年一月五日 岡山運転所運転士(本件配転命令、同運転所にて車両美化作業及びマリンライナー美化作業に従事)

平成二年三月一〇日 車両技術係に職名変更

平成五年八月二日 岡山運転区運転士(復帰養成)

(7) 原告林

昭和六二年七月一七日 福山駅営業指導係兼務(同駅夏期臨時売店にて勤務)

同年一〇月一日 右兼務解除(糸崎運転区にて雑務作業に従事)

昭和六三年一月五日 岡山気動車区運転士(本件配転命令、同気動車区にて車両美化作業に従事)

平成元年八月一六日 岡山電車区運転士(同電車区にてマリンライナー美化作業に従事)

平成二年三月一〇日 車両技術係に職名変更

平成五年二月一二日 岡山運転区運転士(復帰養成終了後、運転業務に従事)

(8) 原告長谷川

昭和六二年七月一七日 福山駅営業指導係兼務(同駅夏期臨時売店にて勤務)

同年一〇月一日 右兼務解除(糸崎運転区にて雑務作業に従事)

昭和六三年一月七日 岡山気動車区運転士(本件配転命令、同気動車区にて車両美化作業に従事)

平成元年九月二八日 岡山運転区兼務(復帰養成)

平成二年四月四日 岡山運転区運転士以後山陽本線等で運転業務に就く。

平成五年三月八日 糸崎運転区運転士

(9) 原告三好

昭和六三年一月七日 岡山気動車区運転士(本件配転命令、同気動車区にて車両美化作業に従事)

平成元年一二月一日 岡山電車区運転士(同電車区にてマリンライナー美化作業に従事)

平成二年三月一〇日 車両技術係に職名変更

平成五年八月二日 岡山運転区運転士(復帰養成)

なお、被告の組織改正により、平成元年三月一一日、岡山運転所は岡山電車区に、岡山気動車区は岡山電車区気動車支区に、平成三年四月一日、府中電車区は府中鉄道部にそれぞれ組織改編されている。

(七)  被告発足後の糸崎運転区における要員受給状況等

昭和六二年四月一日に被告が発足した際、糸崎運転区には一四六名の被告従業員が在籍していたが、そのうち鉄道運送業務に必要な要員数は約九〇名に過ぎないことから、同運転区所属従業員の勤務指定につき権限を有する井上松吉同運転区長(当時、以下「井上区長」という。)は、その余の者を前示のような暫定直営や活用策に充てることとし、先ず内勤事務及び旅行センターには従前から当該職務を担当していた従業員を充当し、原告九名には、いずれも前示のような雑務作業を命じた。なお、これらの雑務作業は、国鉄時代には外注されていた時期もあるものの、同運転区に余裕人員が生じてからは国鉄職員が直轄で行うようになり、被告設立後も被告従業員が行うものとされていた。

井上区長は、原告九名が同年三月一〇日付けで府中電車区から転勤してきたばかりであるところ、同電車区は福塩線の府中・福山駅間約二三・六キロメートルが受持ち運転区間で、同区間の最高速度も時速八五キロメートルに過ぎないのに対し、糸崎運転区は、山陽本線三石・広島駅間及び呉線の合計約二七〇キロメートルに及ぶ区間の運転を受け持ち、山陽本線の最高速度は時速一二〇キロメートルである等線路条件や運転方法にかなりの相違があるのに加え、府中電車区と糸崎運転区では乗務する電車の種類も異なるため、その基本編成、制御装置及び旅客設備等にかなりの相違があることから、原告九名が同運転区において、実際に乗務するためには、先ず新たに乗務する形式の電車についての机上学習を数日間行い、同運転区の担当線区において一回は添乗して路線状況を見学し、その後五回は実際に運転して当該線区での運転の指導を受け、これに習熟するという乗務前の転換訓練の必要があり、それには、相当の日時と費用が必要なほか(前記のように、原告中元、同山本及び同長谷川が、後に岡山運転区で運転業務に復帰した際には、少なくとも四か月半の復帰養成期間が必要であった。)、同運転区では府中電車区と異なり電気機関車の運転が必要な乗務ダイヤ(原告九名は電気機関車の運転に必要な資格は有していなかった。)もある一方、既に同運転区に必要な運転要員は充足されていたことから、敢えて原告九名を訓練してまで乗務させる必要性を認めず、右のような原告九名の勤務指定を決めたものである。

なお、文鎮製作作業は、岡山支社から、現業機関での増収のための作業として指示されたもので、岡山運転所、岡山気動車区においても同様の作業を行っており、夏期臨時売店については、同支社からの要請に応えて、何名かをその要員として推薦したが、各売店の業務内容等その実際の運営は、同支社や売店の設置される各駅で決定されており、井上区長の関知するところではなかった。

ちなみに、国鉄の就業規則及びそれに基づく職制によると、電車運転士の主な職務内容は、電車の運転、電車の運転整備、電車の分割併合、乗務員及び電車の運用補助、電車の運転に関する技術業務、特に命ぜられた者は乗務員の技術指導(なお、気動車運転士の職務内容も、電車が気動車に替わる以外は同一である。)であったが、被告の就業規則に定められている職制によると、主任運転士の職務内容は、「運転士の業務及び指導並びにその計画・調整業務、動力車の運用に関する業務、指定された者は車両技術主任の業務、指定された者は主任車掌の業務、その他上長の指示する業務」とされ、運転士の職務内容は、「動力車の運転及びこれに附帯する業務、指定された者は車両技術係の業務、指定された者は車掌の業務、その他上長の指示する業務」とされている。

(八)  岡山運転所及び岡山気動車区における車両美化計画の経緯

(1) 本件美化計画の立案過程

被告は、旅客鉄道事業を営むために多数の鉄道車両を保有し、岡山運転所、岡山気動車区等において、被告従業員が日常的な車両美化・修繕を行っていたが、このような日常的な車両美化・修繕に加え、被告本社では、昭和六二年六月、被告設立を機に快適な輸送サービスを提供し、乗客のイメージ改善を図ることを目的として、きめ細かな車両清掃を行うとともに、通勤形電車及び近郊形電車等を対象に汚損、変色の著しい部分に重点をおいて部品の取替えを行う車両美化計画を策定した。

更に岡山支社では、昭和六三年三月の本四備讃線開業及び岡山県倉敷市児島における瀬戸大橋博覧会開催により特に多数の乗客の利用が見込まれることから、その際に快適な輸送サービスを提供して乗客のイメージ改善を図るために、右本社計画に付加した車両美化作業と列車増発に伴い新たに運用の必要を生ずる車両で手入れの不十分なものを対象として美化作業を行うこととし、昭和六二年一〇月から一一月にかけて、支社独自で本件美化計画を策定した。なお、従前は、右のような車両美化計画は外注することが多かったが、今回は被告従業員によってこれを施行することとし、これにより人件費相当額が節約できるものと見込まれていた。

なお、本件美化計画では、同年一二月ころから作業を開始し、昭和六三年三月までには全ての作業を完了する予定であったが、実際の作業は、取替え用の座席モケットの被告への納入の遅滞、実際の作業量が計画策定時の予想を上回ったこと、更にこれらに基づく作業計画の遅れにより作業対象車両が車両運用の都合により作業できなくなるという作業日程の無駄等が重なり、予定の作業が終了したのは同年九月となった。

(2) 本件美化計画実施のための要員数

本件美化計画の主たる内容である座席モケットの取替えは、通常工場で行われる業務で、工場では一車両あたりの作業量は二・二人工とされているが、岡山支社で行う場合、従事する従業員が業務に習熟していないこと等から作業能率が上がらないことが危惧されたので、右計画の策定に際しては、余裕を見て、一車両分のモケット取替えは六人がかりで作業して一日で完了できるものと算定した。

本件計画に基づき座席モケットを取り替える車両数は、岡山運転所の電車一一六両と岡山気動車区の気動車五三両であり、作業期間は前示のように本四備讃線開業に間に合わせるため、昭和六二年一二月下旬ころから開始して昭和六三年三月までとされていたから、一か月あたり岡山運転所では四〇両弱、岡山気動車区では二〇両弱の座席モケット取替え作業を行わなければならず、被告従業員の就労日数は概ね月間二〇日強と考えられたから、一日あたり岡山運転所では二両、岡山気動車区では一両の車両をそれぞれ仕上げる必要があるものとされた。

結局これらを考え併せると、岡山運転所では一二名、岡山気動車区では六名の合計一八名の要員が必要と算定された。

(九)  岡山への転勤者の人選

被告は、本件美化計画に必要な右要員一八名については、岡山運転所の余裕人員(現場長の日々指示する業務に従事する従業員のことをいう。)九名と同運転所の活用策を見直して捻出した二名のほか、他の現業機関から余裕人員を配転して賄うこととしたが、当時岡山支社管内の現業機関で余裕人員を有するのは岡山運転所を除くと糸崎運転区のみであったことから、同運転区の活用策に従事する者及び余裕人員合計一三名の中から通勤状況等を勘案して岡山運転所又は岡山気動車区への配転者を選ぶこととした。

被告は、糸崎運転区の右一三名の中から、通勤時間(自宅最寄駅から糸崎駅又は岡山駅までの所要時間をいう。)と年齢の比較的若い者という基準で同運転区からの配転者を選考したが、これを原告七名について見ると、次のとおりである(以下、上段より順に、氏名、当時の年齢、糸崎駅までの通勤時間、岡山駅までの通勤時間をそれぞれ示す。)。

原告猪原 四〇歳 二八分 六二分

原告山本 三四歳 三七分 七八分

原告柿原 三〇歳 三七分 七八分

原告佐藤 三〇歳 五五分 三八分

原告林 三〇歳 四七分 八八分

原告三好 二九歳 四三分 八四分

原告長谷川 二九歳 四七分 八八分

ちなみに、配転を命じられなかった残りの六名についてこれらを見ると、次のとおりである。

原告中元 四一歳 七〇分 一〇八分

原告清水 二九歳 七五分 一一二分

訴外横山信昭 四一歳 七三分 一一〇分

訴外山口一次 四三歳 五分 一〇〇分

訴外沖本和清 四一歳 〇分 九三分

訴外児玉国雄 四四歳 一三分 一一〇分

なお、原告清水は、当時左足アキレス腱を断裂しており、本件美化計画の作業には向かないと判断された。

そこで、被告は、岡山運転所又は岡山気動車区への配転者として原告七名を選び、昭和六三年一月五日付け又は同月七日付けで配転を命じた。また、前示のように、被告は、余剰人員を活用すべく関連事業等の拡大を図っていたが、関連事業については、ローカル線沿線部よりは山陽本線沿いの地域、その中でも糸崎よりは岡山の方が各種業務が多く、経済的効率も良いと考えられたので、原告七名については、同年三月の本件美化計画終了後も、そのまま岡山での業務に従事させる方針で、作業終了後の糸崎運転区への復帰を前提とする兼務発令ではなく配転を命じることとした。

3  右認定事実を前提に原告らの本訴請求の当否につき判断する。

(一)  原告らの地位確認請求について

前判示の改革法の概要、「承継計画」に職員の雇用関係が含まれていないこと及び原告九名の被告への採用の経緯等からすると、改革法が、国鉄と職員との労働関係を承継法人にそのまま承継させるのではなく、一旦国鉄を退職した職員が新規に承継法人に採用されるものとしていることは明らかである。そして、本件転勤命令等の人事異動は、昭和六二年三月三一日をもって分割・民営化が予定されている国鉄の業務上の必要によるものばかりではなく、同年四月一日の被告等承継法人の設立以降の承継法人における業務の円滑な運営をも意図したものと認められるが、右人事異動は、国鉄が、国鉄改革が円滑に実施されるよう最大限の努力を尽くすべき(改革法二条二項)立場から、その独自の判断と責任において行ったものであり、これについて被告の設立委員が何らかの関与をすることは、改革法等において予定されているところではなく、そのような事実を認めることもできない。そして、被告設立委員は、国鉄による右人事異動後の採用内定者の国鉄における勤務箇所、職名を被告におけるそれに機械的に読み替えて本件配属通知をなしたものであり、被告設立委員が、鉄道事業を継続しつつ、限られた期間内に、大量の職員を採用するために、取り敢えず右のような機械的読替えという方法を採り、同様の理由から、被告が会社設立に際して本件配属通知を追認したことから、原告九名の国鉄退職時の勤務箇所・職名が被告におけるそれと合致することになったに過ぎないというべきである。したがって、本件転勤命令によって原告九名の被告における配属先が決定されたという関係にないことは明らかで、原告九名の被告における配属先は、あくまで被告に採用されることによって決定されたものであるから、国鉄による本件転勤命令が不当労働行為ないし人事権の濫用により無効であるか否かにより、原告九名の被告における地位が影響を受けるものではない。そして、原告九名は、昭和六二年四月一日、被告が設立されたのにともなって被告に採用され、本件配属通知記載のとおりの被告における地位に初めて就いたのであるから、本件配属通知をもって不当労働行為であるとか人事権の濫用であるとかいうこともできない。

以上からすると、原告中元、同山本、同柿原、同林、同長谷川及び同三好の被告府中鉄道部における地位の確認を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

(二)  本件勤務指定が不当労働行為に該るかについて

使用者が労働者に対し労働契約に基づき命じることのできる業務命令の内容は、労働契約に明記された本来的業務ばかりではなく、労務の提供が円滑かつ効率的に行われるために必要な付随的業務をも含むものと解されるが、もとより、使用者は右のような業務であっても労働者に対してこれを無制限に命じ得るものではなく、労働者の権利を不当に制限することのないような合理的な範囲内で命じることができるに過ぎず、そして右合理性は、当該業務の内容、必要性の程度、それによって労働者の被る不利益の程度、当該業務命令が発せられた目的・経緯などを総合的に考慮して決せられなければならないところである。

これを本件勤務指定について見ると、原告九名が従事した日勤雑務、リネン雑務及び一交雑務等の雑務作業は、糸崎運転区が本務とする列車運行業務等からすると付随的なものにとどまるが、同運転区における衛生・環境を維持し、労務の提供が円滑かつ効率的に行われるためには必要不可欠な作業であり、その内容においても、著しい精神的肉体的苦痛を伴うものとまでは認められない。そうすると、当時被告が会社発足直後であって、その余剰人員の活用と経費節減等による経営内容改善が全社的な課題とされていたことからすると、井上区長が、国鉄当時から国鉄職員によって行われていた雑務作業に、同運転区の余裕人員を充てようと考えたことをもって不合理な判断ということはできず、また、原告九名が、昭和六二年三月一〇日付けで府中電車区から糸崎運転区に転勤してきたばかりで、同運転区において運転業務に就くためには前示のような教育が必要である一方、同運転区が担当する列車の運行に必要な乗務員は既に充足されていたことから、原告九名に雑務作業の勤務割り指定をしたことも、なお合理的な判断として首肯し得ないわけではない。また、原告九名のうちの一部の者に文鎮作成(ママ)作業(同作業の内容も著しい精神的肉体的苦痛を伴うものであるとは認められない。)を命じたことも、余裕人員をもって多少なりとも増収を図る意図に出たと推認される岡山支社の指示に基づいて行われたもので、その人選についても、同様の理由から、なお合理的な判断の範囲内に止まるものということができる。

そうすると、井上区長がなした本件勤務指定は、これを原告九名の権利を不当に制限する合理性のないものということはできず、また、同区長に原告九名を殊更に運転業務から除外しようとしたなどの不当な意思があったと認めるに足りる証拠もないから、原告九名がたまたま全員原告組合に所属する国労組合員であったとしても、その一事をもって、本件勤務指定を不当労働行為ということはできない(なお、夏期臨時売店への勤務は、岡山支社の発令に基づくものであるが、前判示のようなその経緯と被告における経営上の位置付けからすると、これを不合理ということはできない。)。

なお、原告らは、被告が原告九名を運転士又は主任運転士として採用した以上、運転業務に就ける労働契約上の債務がある旨を主張するのであるが、原告九名が被告への採用を希望した際に提示された被告の労働条件には、従事すべき業務として、旅客鉄道事業及びその附帯事業等会社の行う事業に関する業務と明示されており、また、被告の就業規則によると、運転士の職務内容は、動力車の運転及びこれに附帯する業務、指定された者は車両技術係、車掌の業務、その他上長の指示する業務、主任運転士の職務内容は、運転士の業務及び指導並びにその計画・調整業務、動力車の運用に関する業務、指定された者は車両技術主任、主任車掌の業務、その他上長の指示する業務とされているのであるから、原告九名が、運転士又は主任運転士として採用されたからといって、当然に電車等の運転業務に就くことができる労働契約上の地位を有するということはできない。

以上からすると、本件勤務指定が不当労働行為に該るとすることはできない。

(三)  本件配転命令が不当労働行為又は人事権の濫用に該るかについて

右被告の労働条件では、就業場所が、被告の営業範囲内の現業機関等(但し、出向を命ぜられた場合は出向先の就業場所)である旨が明示されており、また、被告の就業規則が、「会社は、業務上の必要がある場合は、社員に転勤(中略)等を命ずる。」と定めていることから、原告九名と被告との労働契約は、その就業場所について特に限定する趣旨ではないものと解される。

そして、このような就業場所を特に限定しない労働契約にあっては、使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるのであり、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性は存するものの当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものである場合若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情の存する場合に限って当該転勤命令が権利の濫用となるというべきである。そして、右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては替え難い高度の必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与するものであれば、その存在が認められるというべきである。

そこで、これを本件配転命令について見ると、前示のような岡山支社の立案にかかる本件美化計画の目的である乗客への快適な輸送サービスの提供と会社イメージの改善は、旅客鉄道事業を主たる事業とし、しかもそれを基幹事業と位置付ける被告にあっては、もとより正当なものであるし、また、その時期についても、前示のような本四備讃線開業や瀬戸大橋博覧会の開催等の事情を考えると、時宜に適ったものということができる。更に前示のような本件美化計画の完遂に必要な作業量の見積りやこれに基づく必要要員数の算定過程にも特段不合理な点は見出せない。

そこで進んで、本件配転命令についての人選に合理性があるか否かを検討すると、本件美化計画は、これを実際に行う岡山運転所及び岡山気動車区の人員のみでは必要な要員を確保できず、他の現業機関から要員を配転する必要があり、被告が右配転要員を当時右二現業機関以外で唯一余裕人員を有していた糸崎運転区の余裕人員と暫定直営に従事していた者合計一三名の中から選ぼうとしたことは、右一三名の担当職務内容と同運転区におけるその後の業務遂行上の便宜等を勘案すると不合理とはいえず、また、右一三名の中からは、前示のように、比較的年齢が若くて配転先での車両美化作業に適し、しかも岡山への通勤に要する時間が比較的少ない者との基準で原告七名が選ばれており、このような本件配転対象者の選定は、その過程、結果とも合理性を備えたものということができる。

なお、本件配転命令によって原告七名の受けた不利益は、主として通勤時間の増大であるが、本件配転命令により通勤時間がむしろ減少した原告佐藤を除く本件配転者六名の通勤時間は約六二分ないし約八八分であり、前示のとおり糸崎運転区に通勤するよりは長時間を要するものの、転居を要するほどでもなく、本件配転命令が原告七名に通常甘受しえないほどの不利益を負わせるものであるとまではいうことができないし、また、被告が、原告組合員のうち糸崎運転区に勤務する者の分断を図るなどの不当労働意思等不当な動機・目的をもって、本件配転命令をなしたものであると認めるに足りる証拠もない。

以上からすると、本件配転命令が、不当労働行為又は人事権の濫用に該るということはできない。

(四)  被告の原告九名に対する損害賠償責任について

右のとおり、被告が、国鉄の発令した本件転勤命令につき責任を負う余地がなく、また、本件勤務指定及び本件配転命令が不当労働行為ないし人事権の濫用に該当しない以上、これらが同時に原告九名に対する不法行為を構成する余地もまたないから、原告九名の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求の理由がないことは、その余の点について判断するまでもなく明らかである。

(五)  被告の原告組合に対する損害賠償責任について

原告組合は、被告が、不当労働行為を繰り返し、これにより原告組合は、その組合活動に筆舌に尽くし難い損害を受けたとして、慰謝料の請求をしている。

しかしながら、原告組合は、いわゆる権利能力なき社団であって自然人ではないから、社団自体が精神的苦痛を受けるということは事柄の性質上考えることができず、したがって、精神的苦痛を慰謝するための慰謝料請求権もないと解される。もっとも、権利能力なき社団といえども名誉等の人格的利益は享有しているから、権利能力なき社団が第三者の不法行為により無形の損害を被った場合には、それが金銭的評価の可能なものである限り、その賠償を求めうると解されるが、本件においては、被告の不当労働行為と主張される行為により、現実に原告組合の組合活動がどのように妨げられ、その結果原告組合が具体的にどのような不利益を受け、それが金銭的にどの程度に評価し得るものであるかについては、何らの主張立証もなく、原告組合は、抽象的に組合活動に損害を受けた旨を主張するのみであるから、原告組合に金銭的に評価し得る無形の損害があったことを認めることはできない。

そうすると、原告組合の慰謝料請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  以上によると、原告らの本訴各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤戸憲二 裁判官 佐々木亘 裁判官辻川昭は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 藤戸憲二)

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